最終更新日 00/09/01 09:24

冒険野郎の眼

 

9月1日

 連載を再開しようと思っていましたところ、長い間ウェブソフトをつかっていなかったのでどこか調子が悪かったようです。 それがやっと復旧しました。

 さて、次回のアメリカ行きが決まりました。 お客様1名を連れ立ちまして、9月16日から25日までの9泊10日です。 行き先はラスベガス・グランドキャニオン・フェニックスとアメリカ観光の王道を行くようなコースにしました。 この仕事がなければ夏休みも兼ねて、コロラドの山の中へ行く予定でしたが、とってもうれしいお客様。 そんなことは言っていられません。

 今回の旅のポイントは、順番に行きますとまず、大韓航空初搭乗です。 アジア系の飛行機にはいろいろ乗ってきましたが、韓国へ行く機会はゼロだったこともありまして今回が初めてになります。 共に初めてだったシンガポール航空と悩みましたが、料金の差で大韓航空に決めました。 実のところ、今回の旅行の予算はあまりないんですよね。 予算のないなりに充実した旅行を味わってもらうことを目標としております。

 その大韓航空、何年か前に航路をはずして撃墜された暗い過去を持った航空会社ですが、周りの反応は結構良いようです。 特に、機内食の韓国料理がいいらしい。 私自身、機内食はほとんど手をつけないタチですが、今回ばかりは楽しみです。 機内食の思い出と言いましたら、今から4年前、1996年にデルタ航空でロサンジェルスに向かったときのことを思い出します。 ロサンジェルスに到着する2時間前に軽い朝食が出されますが、その朝食にカップうどんの「赤いきつね」とおにぎりが2個でました。 さすがにこれには感激しました。 そして完食しましたね。 日本を離れて約10時間後に簡単ではありましたが日本食を食べられたのはうれしかったでした。 その時が初めての海外旅行だった私の両親は、「機内食はこんなもんか」と言っていましたが、それは特別と言っていいでしょう。 それ以降、カップ麺とおにぎりの機内食に出会ったことはありません。

 ちなみに、麺類やおにぎりが苦手そうな人は何を食べるのかなと思っていましたら、そういった人用にちゃんとサンドイッチが用意されていました。

 

8月23日

 長らくの休載、申し訳ありませんでした。 冒険野郎Hの父が約1ヶ月の闘病生活の末、6月に永眠しました。 その間、ホームページの更新ができませんでした。

 新たに再開しようと思いますが、古くさい話はもう止めにします。 これからは新しい場所を求めて再び旅に出たときの話を展開していこうと思っています。 とりあえずは近日中にまたアメリカへ渡りますので、その様子をお伝えします。

 

5月10日

「冒険野郎回想日記」

 6月7日火曜日。 カールズバッドでの目覚め。 今のところ順調で予定通り来ている。 ここまで来れば肩の荷がちょっとおりた気がする。 今日の予定は走り一本で、なるべくモニュメントバレーに近づけばいい。 そして6月8日の夜はモニュメントバレーのゴールディングスロッジに予約が入っているので、必ずそこへ行かねばならないのだ。 ゴールディングスに到着できなかった場合は予約は流れ、予約金の約$100が無駄になってしまう。 出発から25日あまり先の予約を入れているところに最初はちょっと無謀さを感じたが、ここまで来ると我らの実力も捨てたもんじゃないと思った。 とにかく今日はできるだけ先に進むことが目標である。

 カールズバッドを出発する。 USー285を北へ進む。 まずはアルバカーキ方面を目指す。 ニューメキシコは本当に絵に描いたような田舎だ。 石油臭い街・アーテジア、UFOの街・ロズウェルを抜けると見渡す限りの地平線が続く。 ニューメキシコはアメリカ合衆国50州の中で5番目に広い州である。 それに対して、人口は37番目と少ない。 一人当たりの面積が相当広いことになる。 360度ぐるっと地平線に囲まれればやはり考え方も変わる。 道もどんどん改良され広くなっている。 日本が如何に狭いか、日本の道が如何に走りにくいかを考えさせられる。

 何もないところを飽きるほど走るとIー40にぶつかる。 このままUSー285を北上しようかと思ったが、時間を考えて、Iー40を西へ向かうことにした。 サンタフェやタオスといったちょっと洒落た街がならんでいるが、次に機会にしよう。

 アルバカーキを通り過ぎる。 アルバカーキはアメリカ山岳部を南北に貫いているIー25と交差している街である。 熱気球で有名なところだが、我々にはあまり時間が残されていないので先を急ぐことにした。 アルバカーキから西はまた田舎の風景が広がっている。 カールズバッドから300マイル以上無駄なく走行しているが、まだニューメキシコ州から抜け出せない。 さすがに全米で5番目に広い州である。 今日中に他の州へ入れるかと思っていたが、陽も沈みかけていたのでニューメキシコ州の西端の街、ギャラップで泊まることにした。 フリーウェイからも目立つヤドロクの看板に引かれ、まずあたってみる。 $41と比較的高かったが、それでも周りのモーテルより安かったのでヤドロクに決めた。 これでヤドロクに3連泊である。 嫌なことはないが、そろそろ湯船につかりたくなった。 本日の総走行距離、414マイル。

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5月7日

「冒険野郎ツアー回想日記」

 引き続き6月6日。 カールズバッド洞穴公園ではエレベーターで下に降りることになった。 下へ通ずるエレベーターは国立公園のレンジャーが操作していたが、そのレンジャーの様子が少し面白かった。 パッと見は普通のなのだが、もみあげから髭につながっている部分がとっても妙だった。 エレベーター内では我々しかいなかったので声を上げる訳にもいかず、Tと顔を見合わせるだけだった。 しかし、エレベーターを降りてからは大爆笑。 人の顔で笑ってしまっては失礼だが、あの人の髪型(髭型)はわざとやっていた。 さっとエレベーターを降りてしまったが、あのレンジャーのことが心残りである。 もう一度あのレンジャーに会いたい。

 レンジャーのことはおいといて、洞穴の中は神秘的な感じだった。 ちょっと薄暗く、ちょっと肌寒い感じ。 そして鍾乳石の造形はとても細かい。 今まで鍾乳石は見たこと無かったが、これだけスケールが大きく、数もたくさんあるところを最初に訪れられたのはすごいと思った。 観光地化され過ぎて、多くの鍾乳洞は既に成長を止めているらしい。 これらの鍾乳石が生きていて、もっともっと成長してくれたらなぁと本当に思う。 地下約200mのビッグルームは1時間弱で1周できる。

 上に上がって外に出ると、猛烈に暑い! 中は14℃くらいなのに対して、外は30℃以上。 これでは本当に体力の消耗が早い。 外にいるだけで疲れる感じがするのだ。 しかしおいそれと帰るわけには行かない。 カールズバッドは洞穴の鍾乳洞以外にも欠かすことができないものがある。 それはコウモリの飛翔である。 20万羽とも100万羽とも言われるコウモリの飛翔は見逃せない。 日本でも田舎へ行けばコウモリを見ることはできるが、まとまって穴から出てくる様子はまず見れないだろう。

 洞窟の穴のそばには、見学席が設けられている。 階段状になっていて、後ろの方でもちゃんと見られるようになっている。 夕暮れからコウモリが飛翔をはじめるまでパークレンジャーがコウモリについてうんちくをたれてくれる。 「君はコウモリのようにかわいいね」などとちょっと笑わせてくれる。 コウモリが時間通りに出てきてくれるとスムーズに行くのだが、自然が相手なので時には話すことが無くなるときもある。 苦し紛れに質問を連発するときもあるが、それもご愛敬。 コウモリは必ず出てきてくれる。 洞穴の入口で2〜3度輪を描いて飛んでから、メキシコ方面へ飛んでいく。 10〜15分でほぼ全部のコウモリが飛んでいく。 最後まで見ていると、帰る人の渋滞に巻き込まれるのでほどほどで切り上げるのが良いだろう。

 帰り道は真っ暗。 その上、夏は夕立に逢いやすい。 夕立なんて言う生易しいものではなく、いわゆるサンダーストームという1時間に50〜60ミリも降る大雨である。 雲行きには注意して、帰りの安全も必ず確保しよう。 本日の総走行距離、254マイル。

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5月2日

「冒険野郎ツアー回想日記」

 6月6日月曜日。 テキサスのど真ん中では今日も暑い。 暑さに耐えきれずプールに飛び込んだ昨日であったが、今日は走行距離が短いので多少救われるか。

 オデッサのヤドロクを出発し、Iー20をさらに西へ。 この辺から石油を汲み上げるポンプが目立つようになってきた。 映画でしか見たことがなかった油井ポンプが目の前で、「ガチャコン、ガチャコン」と動いている。 テキサスの平原は広く、遙か彼方、見渡す限り油井ポンプ以外は何もない。 そのポンプもところどころで止まっていて、寂しさを演出してくれる。

 1時間ほどでペコスに到着。 ここからUSー285へと折れ、カールズバッドへ向かう。 フリーウェイと一般道の違いがあるものの、周りに何もないところは変わらない。 低い灌木だけが生えた荒原をひたすら北へ進む。 何もない中でも、テキサス州都ニューメキシコ州の州境には注意していた。 州境の標識のあるところで車を止め、さっそく記念撮影。 カメラだけを持って車を降りると、テキサスとニューメキシコの州境の太陽が容赦なく我らを照りつける。 黄色がニューメキシコ州の色なのか、看板も黄色で派手だった。 しかし、何か妙な雰囲気に気づく。

 辺りには全く気配がなく、風も凪いでいる。 HとTが足を止めると、そこには無音の世界が広がった。 音の反響する場所のない荒原はし〜んと静まり返った。 気持ち悪くらい静かだ。 通り過ぎる車も皆無。 今まで23年間、いろいろなところで過ごしてきたが、自然のど真ん中であれほど静かなところはなかった。

 州境を越えてからカールズバッドまでは1時間弱。 洞穴付近にはベストウエスターンしかないので、先に市街地で宿を探すことにした。 ぐるっと見て回ったが、やはり安さで選ぶならヤドロクしかない。 ヤドロクに2連泊である。 ヤドロクに荷物を下ろし、カールズバッド洞穴へすぐさま行こうとした。 しかし、ここまでもやはりものすごく暑く、HもTもちょっとダレ気味。 ちょっと休憩してから改めて出掛けようとことにした。 車にエアコンがないもので、運転しているだけで疲れる。 大して長い距離を走行した訳じゃないが、エアコンのある場所に入るとダレてしまうのも仕方ない。 適当にゴロゴロしてから出掛けることにした。

 出発したのは午後3時過ぎ。 気分一新、身が軽いような気がする。 カールズバッド洞穴国立公園はカールズバッドの市街から約20マイル。 30分少々である。 洞穴周辺の雰囲気はテキサス・ニューメキシコに共通の荒原。 しかし、この辺からウチワサボテンの存在が目立ってきた。 そこらじゅうにパステルグリーンのサボテンが出没し、景色に変化を与えてくれてうれしい。 洞穴の入口は丘の上にあった。

 カールズバッド洞穴国立公園の入園の仕方は2通りある。 一つは往復ともエレベーターを使う方法。 もう一つは洞穴を下る際、自分の足で下り、帰りはエレベーターを使う方法。 もちろん我らは自らの足で下りようと思っていた。 が、歩いて下りるツアーの最終締め切りが3時半だった。 我らはほんの少しの差で貴重な洞穴体験を逃してしまった。 休憩のしすぎが悔やまれる。 あ〜あ。 でも、また来ればいいや、と開き直るH。 その思い通り、99年にもう一度訪れて、その時の雪辱ははらしている。 つづく。

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4月29日

「冒険野郎ツアー回想日記」

 6月5日日曜日。 のんびりとしたダラスから旅立つ日である。 今日の目的はスバリ「走ること」。 次の目的地はカールズバッドとしてあるが、ダラスから500マイル以上あるので、2日に区切ることにした。 出発した当時、ワシントンを目指してひた走っていたが、その時と同じく走ることだけを目的とした日がまたまたやってきた。

 まずIー30を西へ進む。 Iー30はフォートワースの先でIー20と交わり、そのまま西へ突き進む。 道はただひたすらに真っ直ぐで、何も語ることはない。 車内での二人の会話も弾まず、ペットショップボーイズの「GO WEST」も何度聞いたことか。 たまに話すことがあるとすると、「おい、T、丘が迫って来るぞ」。 と、こんな感じであった。

 その上、車内がめちゃくちゃに暑い。 6月の上旬だが、気温は30℃を軽く超えていただろう。 エアコンのないガングレーのシボレー・キャバリエワゴンはテキサスの太陽の熱を十二分に吸収し、我らを苦しめていた。 ハイウェイを100km/hくらいのスピードで走りながら窓は当然全開。 その上、足まで出して暑さをしのいでいた。 ボンネットの上なら目玉焼きが数分のうちでできてしまっただろう。

 だが、何事も起こりそうもない真っ直ぐな道を走っているときに、事件は起こった。 ハンドルはTが握っていたのだが、車が突然「ヨロッ」とよろめいた。 Hは内心、「Tの運転は下手くそだなぁ」と思ったが、そのよろめきが止まらない。 Tは「うああぁ、ハンドルが取られる」と叫び、減速、車を止めた。 下りて見てみると、左のリアタイヤがパンクしていた。 路肩にはゴミが散乱しているが、路肩に乗り上げた記憶はない。 しかもパンクしたのは左側である。 原因が分からなかったがとりあえずタイヤを交換することになった。 ガソリンスタンドでバイトをしていたHにとってみれば簡単な作業だが、路肩がゴミだらけなために車をあまり路肩側に寄せられない。 車線ギリギリのところでジャッキアップに入り、タイヤを交換する。 すぐ後ろでトラックが高速で通り抜けて行くし、その際の砂ぼこりはものすごかった。 タイヤは緊急タイヤではなく、普通のものをとっておいたので走行には支障はなかった。 だが、次にいつまたパンクするかは分からないので早急にタイヤを修理しておく必要はあった。

 タイヤを修理に出したいが、行けども行けどもフリーウェイの出口には「No Service」のサイン。 テキサスの真ん中ではさすがにしょうがないか。 約30マイルほど走って最初に出てきたエクソンのガソリンスタンドで修理してもらうことにした。 修理代の記録がなくなっているが、確か$7〜8だったと思った。 修理してもらったタイヤの方が信頼がおけるので、そこでまたタイヤを交換し、再びIー20に戻った。 その後はメカニカルトラブルはなく、車は順調に走ってくれた。

 車は順調だったが、今度は人間の方が参ってしまった。 とにかく暑く、我慢の限界だった。 Iー20からUSー285に分岐するペコスまで行こうと考えていたが、その手前のオデッサでヤドロクのサインが見えたところでギブアップ宣言。 今すぐに、あのプールへ飛び込もうということになった。 ヤドロクは$31.80と安かった。 二人で荷物を部屋へ入れるなり、すぐさまプールに飛び込んだ。 プールで遊んでいたら突然のスコールが我らを襲った。 スコールは我らに雨粒をたたきつけたが、同時に熱くなっていたキャバリエワゴンを冷ましてくれた。 あの暑さのことを考えると明日から走行もさらなる我慢が必要だろう。 今日のように目的地を変更できそうにないからだ。 今日の総走行距離354マイル。

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4月26日

「冒険野郎ツアー回想日記」

 6月4日土曜日。 昨晩はどこへも出掛けられずに、寝たのが早かった。 そのため結構早起きして行動に移ることができた。

 まず、昨日行くことができなかったヒューストンのダウンタウンへ行くことにした。 ダウンタウンは土曜日ということもあって人影はまばら。 つまらないから次へ行こうとしたところ、隣の通りでパレードをやっていた。 パレードの名目は「DーDay」という退役軍人の功績をたたえるものだった。 だからパレードは老人中心だったが、付近の子供たちも参加して一応格好がつくものになっていた。 騎兵隊や初代マスタングのコンバーチブルなどが見れたのが良かった。

 そんなHを横目に、早くダラスへ行きたがるT。 Tはケネディ大統領についての本を読むなど、結構ケネディ大統領について調べている。 ダラスにはケネディ大統領について曰わく付きの場所なので早く行きたい気持ちはとてもよく分かった。 パレードもそこそこ見たので、次へ行くことにした。

 ヒューストンからダラスまでの間は全てTが運転することになった。 はやる気持ちを抑えられないのか、飛ばす飛ばす。 そしてそんな気持ちを知ってか知らぬか、Tをあおるおばちゃんも登場した。 それまでボロのキャバリエワゴンでは出したこともないスピードで走り抜いてしまった。 ヒューストン〜ダラス間は200マイル以上あるが、3時間くらいで走り抜いてしまった。 横で座っていたHだが、あまり生きた心地はしなかった。 ダラスに到着後、いつもよりオイルのにおいが激しいことに気づく。 ちょっと気になったので車をなめ回して見ると、なんと漏れたオイルが右フロントのブレーキディスクに付着していた。 こうなっては制動力が落ちてしまうので、スピードは控えめにしなければならない。 さっきまで飛ばして走っていたときに事故にならなくて良かった。 当然、ブレーキディスククリーナーを買って応急処置をしたが、一度流れ着いたオイルの流れを止めることはできない。

 最初からボロいのは承知の上なので、そんなことも気にせずシックスフロアーへ向かった。 ケネディ大統領が暗殺された際、銃を放ったオズワルドが居たとされている元教科書倉庫が今ではケネディ大統領暗殺に関する資料館になっている。 赤レンガづくりの建物は資料館とは感じさせない。 元々倉庫なのだから仕方がないか。 受付で入場と、ステレオガイドツアーを申し込んだ。 ヘッドホンステレオを貸してくれて、そのテープに併せながら館内を見学することができる。 テープは英語のほか日本語も用意されていたが、その頃は英語が今よりもずっとよく分かっていたので、見栄もあって英語を選んだ。 館内の説明はよく分かったが、ケネディ大統領の肉声による演説等は、当時の録音技術が低かったせいもあってノイズが多く聞き取りにくかった。 Tが熱心に資料を一つずつ読んでいるので、Hもそれなりに見て回った。 だが、今はほとんどのことを覚えていない。

 シックスフロアーの後は、向かいにあったリユニオンタワーに登った。 高いところに上がることを旅の目的としていたので上がらないわけには行かない。 ヒューストンと同じく土曜日のダラスも人影がまばら。 そしてリユニオンタワーからの眺めも、それと同じ様な感じを受けた。 大都会のイメージのあったダラスだが、あちこちに緑が目立っていた。 その緑は公園などではなく、ただの空き地。 街がスカスカという印象だった。

 ダラス観光を一通り終え、宿探し。 安さを求めてテキサススタジアムの方へ行った。 週末のダラスで$39という料金に即決。 また、フロントの女の人がいい色気を醸し出していたというTの意見も参考にした。 宿ではプールサイドでのんびりしたり、ゆっくり買い物に出掛けたりして久しぶりに自由な時間ができた。 ギスギスの日程ではやはり旅はつまらない。 時には、のんびりしなくてはという気持ちにちょっとだけなった。 今日の総走行距離、274マイル。

 

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4月25日

 ようやく今回のツアーのページができあがりました。 その間、こちらを休載いたしまして申し訳ありませんでした。 今回のツアーの模様は冒険の順番としてかなり後の方になるとは思いますが、必ず載せることにします。

 さて、引き続き第1回冒険野郎ツアーの回想日記をどうぞ。

 6月3日金曜日。 ニューオーリンズでの目覚め。 ようやく当初のスケジュール通りになったので余裕の遅い起床。 ちょっぴり高級だったファミリーインでの目覚めは良かった。

 ニューオーリンズを出発する前に、買い物をしておこうということになった。 買い物とは食料品ではなくエンジンオイル。 ここまで約2週間、2日に1度の割合で1クォートのエンジンオイルをつぎ足しながら走ってきた。 毎回、毎回いろいろなところで買っているのもかったるいし、まとめて買えばもう少し安く上がると思ったからだ。 と、いうことでまずカーショップへ行き、エンジンオイルを1箱、20本をまとめ買いした。 一本辺りの単価も安く上がったし、これから2日に一度、出発前に入れることができるようになった。 ついでにエンジンオイル漏れ止め材というのも買って試してみた。 アメリカはエンジンオイルを垂れ流しながら走っている車が非常に多い。 モールの駐車場などへ行けば分かるが、ほぼ全部の駐車スペースはオイルで黒くなっている。 アメ車の精度の低さがうかがえる一面である。

 そしてニューオーリンズを出発。 道なりにIー10を西へ向かっても良かったが、地図を見ると湖というか湾というか大きな水たまりの上に橋が一本架かっているではないか。 長さも30マイルとかなり長い。 有料橋でちょっとは悩んだが、トライしてみることにした。 ニューオーリンズ市街から北上し橋へ向かう。 橋のたもとに料金所があり、$1を払う。 約40qも橋が架かっているのに、料金がたった$1とはおそれ多い。 日本で作ったら東京湾アクアラインのように何千円も取られそうな気がする。 橋は水面から結構低い位置に架けられていて、水の上を滑っている感じ。 ずっと直線で、まんなかに船を通すために起伏が付けられているだけ。 通過するのに20分強かかったが、乾燥はイマイチか・・・

 橋はIー12に直結されていて、Iー12を西へ向かう。 Iー12はIー10とバトンルージュで合流している。 バトンルージュは何年か前にホームステイしていた高校生がハロウィーンの夜に射殺された事件があったところだ。 「フリーズ」という言葉も話題になった。 だが、はっきりいって俺も今となっては分かるが、その時だったら分からなかっただろう。 銃を向けられ、フリーズなんて言われる経験はまずできないし、したくもないからだ。 ただ、アメリカで銃を向けられたら絶対に抵抗しない。 何も言い訳しないし、お金が欲しいなら全部渡すことにしている。 命あっての旅行である。 それにしても彼と一緒にハロウィーンにいった他のアメリカ人の友達たちは、その時何をしていたのだろう?

 そんなことをTと話しながら、そしてテーマ曲であるペットショップボーイズの「ゴー・ウエスト」を聞きながら西を目指した。 そうそう、今日の目的地はヒューストン。 地図を見て、コース上にある大きな都市だから宿泊することにしたのだが、観光については何も調べていなかった。 行ってからフラフラすれば、何かしら見ることができるだろうと考えていた。

 ヒューストンに着き、宿を相変わらずモーテルガイドで検索。 街の南にプリマイアーインというローカルなモーテルがあり、そこに決めた。 一泊$37とまあまあの値段だった。

 荷物を下ろしてからダウンタウンへ観光へ出掛けようと準備した。 何よりも地元の情報を得るために、モーテルのフロントの人に話を聞くことにした。 そうしたらなんと、「ヒューストンのダウンタウンは暗くなってから行くと殺される」と真顔で言われてしまった。 時間は午後3時か4時頃であった。 まだまだ明るかったが、その言葉にビビってしまい結局、ダウンタウンへは行かなかった。 そのかわり、近くの中古CD屋へ行き、またまたCDを漁っていた。 その時になぜかかってしまった「スピードレーサー」のCDシングルはいまだに持っている。 俺はヒューストンのことをマッハ・ゴー・ゴー・ゴーを見る度に思い出してしまう・・・

 今日の総走行距離380マイル。

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4月3日

 冒険野郎ツアーから帰ってきました。 この状況は近日公開予定です。

 

 

3月11日

 「冒険野郎ツアー 回想日記」

 6月2日木曜日。 ミズーリ州ハイチでの目覚め。 本当なら朝食を取ってから出発となるはずだが、昨日同様、高消費電力用の3軸コンセントがないので電子レンジが使えず。 仕方なく朝食抜きで出発する。 昨日の到着が夜遅かったのでモーテルの外観がそんなによく分からなかったが、明るいところで改めてみてもボロい。 よくぞこんなところに泊まったもんだ。

 ハイチを出発。 ミズーリ州の南端にあるので隣のアーカンソー州まですぐである。 先を急ぐためずっとIー55を南下していく予定だが、地図を見てもウエルカムセンターの表示がない。 このツアーの目的の一つとして、越州する度にウエルカムセンターによって写真を撮っていた。 ニューオーリンズまでアーカンソー、テネシー、ミシシッピー、ルイジアナと4つの州を越えることになるのだが、ウエルカムセンターの表示があるのはルイジアナ州だけである。

 アーカンソー州へ入るとクリントン大統領の似顔絵が迎えてくれた。 是非とも写真に収めたかったが、ハイウェイを飛ばしていたのでそういうわけにも行かなかった。 残念である。 最初から分かっていたらゆっくり走ったが・・・ アーカンソー州も100マイルほどで通り過ぎ、ミシシッピー川を渡りテネシー州メンフィスへ入る。 プレスリーなどで有名な街であったが、先を急ぐためにパス。 テネシー州内にいたのはほんの数分だけであった。 すぐさまミシシッピー州内へはいる。 連続して3つの州を通り抜けたが、シャッターチャンスには恵まれなかった。 テネシー州には99年にも訪れたが、こちらもちゃんとした看板がなかった。 テネシー州よ、もっと自己主張してね。

 我々はひたすらIー55を南下。 ミシシッピー州を北から南までタテイチに縦断した。 川沿いのグレートリバーロードなんて見どころありそうだったが、他には一切目をくれずニューオーリンズを目指した。 州都ジャクソンだけは素通りできず、給油を名目にハイウェイを下りた。 給油がてらに絵はがきだけを購入。 ミシシッピー州の思い出はそれだけ、何もないに等しい・・・か。

 いよいよルイジアナ州に入る。 ルイジアナ州にはウエルカムセンターがあり、久々の生き生きとした休憩になった。 ニューオーリンズまで100マイルほどになり元気が出てきた。 しかし、Tはここで睡魔におそわれHに運転を後退する。 ここまでほぼ半々で運転してきたが、安全のため元気のいい方が運転するべきだろう。 Tが挽回するチャンスはまだまだあるってもんだ。

 Hの運転でニューオーリンズ市内へ入る。 市内へはいる前にIー10に合流したが、とても懐かしい感じがした。 Iー10はフロリダ州ジャクソンビルからカリフォルニアまで延びているアメリカでも長いハイウェイの一つである。 フロリダのハイウェイといえばIー4・10・75・95の4つしかない。 そのうちの一つに巡り会えたのは、友と久しぶりに対面したような気分だった。 5月14日にフロリダ州オーランドを出発してから約2週間、久しぶりにアメリカの南側に戻ってきた。

 市内へは行ってまず宿探し。 モーテルガイドで見つけたのは「ファミリーイン」。 $38とまあまあの値段。 昨日の反省からコンセントの確認もわすれていない。 それでいて中規模都市ニューオーリンズの市内としては上々だと思った。 部屋に荷物を入れ、一息ついた。 その時、電球が一つ切れているところがあった。 大した問題ではなかったが、とりあえずフロントに電話をした。 係員がやってきて電球を交換するのかと思ったが、彼はフロントに了解を取るなり、我々に隣の部屋に移ってくれと言ってきた。 我々は別に部屋などどこでもよかったので隣に移った。

 そうしたら部屋の質がまるで違うのだ。 やっぱりクーポン用の部屋は安っぽく作られていたのだった。 シャワーはマッサージシャワータップであった。 もちろん追加料金など払ってはいない。 電球一個切れていたおかげでとてもいい思いができた。 ラッキー!

 暗くなり始めのころにフレンチクオーターへ出発。 車をフレンチマーケットの片隅に止めた。 中をフラフラ、外をフラフラ、ビール片手にフラフラ。 あてもなくフレンチマーケットを徘徊した。 勢いでトップレス・ボトムレスに入ろうかと思ったが知らぬ地でそういうところに入るのも気が引けたので入らなかった。 ほどほどで切り上げ、宿に戻ることにした。 まずフレンチマーケットのそばの車のところへ向かった。 車を止めたときはそんなに気にならなかったが、暗くなってからは非常に怪しい雰囲気だった。 ニューオーリンズで車を止めるときは、もっと中心に近いところにした方がいいだろう。 走り疲れたこともあってよく寝た。 今日の総走行距離499マイル。 新記録である。 そしてようやく計画の遅れを取り戻せた。

 なお、冒険野郎Hは来週より新たな冒険野郎ツアーへ出発します。 ページの更新は4月以降になります。 新しい都市・国立公園・アトラクションの情報を楽しみにしていて下さい。

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